汽船の活用
蒸気船をフルに活用したという点で、この当時の幕府に匹敵しえたのは、ただ一つ薩摩藩のみでした。
ここでは、島津久光の許しを得て鹿児島・京都間を往復しつつ活動した大久保利通の精力的な政治活動が、同藩所有の蒸気船によってどのように支えられていたかを、『大久保利通伝』や『大久保利通日記』・『大久保利通文書』第一・第二、あるいは、『忠義公史料(鹿児島県史料)』一~四巻などによって、検討したい。
島津斉彬の下で早くから江戸・京都で活躍した西郷隆盛と異なり、大久保の藩外での活動開始はかなり遅く、1862年(文久2)以降のことです。
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